
――それで再結成となりますが、きっかけは何だったのでしょうか?

津久井 「「夏の日の1993」から10年経ったので、そろそろ同窓会でもということになって」
日浦 「2003年が近づくにつれ、そういうのはあるなと思っていた(笑)。それで2002年に会って、何かやろうって。そう思っていたので、10年経ったし何かやってもいいかなって。それでセルフカバーのアルバムを作ろうということで再結成したんです」
――そのときは一度だけと思っていたのですか?
津久井 「一度だけと思っていました」
日浦 「もう一度やってみたら別に解散っていう必要ないんだなって。二人が歌えばclassになるわけだし。お客さんが喜んでくれればいいかなって」
津久井 「なぜか不思議なことに97年〜00年くらいまで夏になると必ず「夏の日の1993」が流れていて。このまま終わらないんだろうな、この曲はって」
日浦 「1993年には一番下の娘は生まれていなくて、その後TVとかで若いころの俺らが出るわけですよ。お父さんだ!って喜ぶ。お父さん可愛いって言われて。それが何ともいえない喜びで、やってよかったなって(笑)」
――それで再結成して2004年にはセルフカバーアルバム『夏記』もリリースしましたね。それに収録されているDVDには、1993年の年始に凧揚げをしているシーンなど、3年間の活動が収められていますよね。
日浦 「僕がビデオで3年間撮っていたんですよね。それを「Slowly but Surely」というclassの曲に合わせて映像を作ったんです。「Slowly but Surely」というのは、俺の座右の銘みたいなもので、ゆっくりだけど確実に行きたいという気持ちがあったので、撮ってあったものを細かく全部編集して。それを観ると3年間の色々なことが詰まっているんですよ」
――改めて活動を再開したからこそDVDとしてその映像も収録したかったと?
日浦 「当時は中々そういうことができなかったので」
津久井 「なんの説明も無く黙って解散したっていうことに対してファンの人達に申し訳ない気持ちだったし、そういうことがあったんだって、知ってもらおうと思って。自分たちはそういうことで悩んできたし。それでここからまたスタートみたいな」
――なるほど〜。そして活動を続けて、2006年には「トリビアの泉」に出演しましたよね。「携帯では絶対にハモれない」というトリビアで(笑)。これはどういった経緯で?
津久井 「なぜかTV局の人が僕の電話番号を知っていて。番組の現場で働いている人たちが「夏の日の1993」を聴いていた世代なんですよね。それで連絡が来たんだと思うんですけど、活動しているのであれば出演していただけませんか?って」
――それで出演することになったと。
日浦 「ある人に携帯でハモれるんだって聞いていて、行ってみたら「今日は携帯では絶対にハモれない」というトリビアですからって。騙されたって(笑)。けど、収録では死ぬかと思いましたよ。梅雨時期で晴れないって話だったんですけど、行ったら晴れちゃったんですね。晴れ男だから(笑)。朝の9時くらいから撮り始めて。そうしたらとにかくプロデューサーからどんなことを言われるか分からないので、ありとあらゆるシーンを撮ると。もう何時間やったか。陽射しは強いし、脱水症状になるしでこれは死ぬなって(笑)。そして終わったと思ったら歌ってくださいって言われて。一回だと思ったら何回もやらされて。海辺でやっていたんですけど、満ち潮になってどんどん水嵩は増していくし。もうやめましょうよって。本当に死ぬと思った」
――あはははは(笑)。それは大変でしたね。でも出演されてすごく反響があったんじゃないですか?
津久井 「ええ。スタッフの好意でエンディングロールに出演してくれって、そのショットも撮って。それでダウンロード数が急上昇して。ありがとうございましたみたいな(笑)。しかも2006年にはrockwellが「夏の日の1993」をカバーをして、それが世の中に流れていたから。classの原曲も聴いてみたいというのも相乗効果としてあったんじゃないのかな」
――rockwellはリアルタイムで聴いていた世代なんですね。
津久井 「そうですね。そういう人たちがカバーしてくれるっていうのはやっぱり嬉しいですよね」
日浦 「カバーとかモノマネとかしてくれるとオーって。何かステータスがあるじゃないですか?」
津久井 「モノマネをされて本物だからね(笑)」
日浦 「単純に嬉しかった。「夏の日の1993」には本当に助けられていますね。いい部分も悪い部分もありましたけど、かけがいのない経験をさせてもらっているなって。色々とお世話になっています(笑)」
――お世話になっていると(笑)。そして今年、ベストアルバムがリリースされますが、昔のファンにはもちろんのこと、新しく聴く人たちにどんな風に届いてほしいですか?
津久井 「二枚組全20曲、もちろん夏っぽい曲もあるんですけど、classにはクールダウンさせる要素もあって。癒しというやつですかね。「夏の日の1993」以外の魅力を感じていただければいいかな」
日浦 「当時の音ってゴージャスなんですよね、今の時代と違って。そういう時代の音がこの中に入っている。こういう音って現代のヒット曲にはないんですよ。そういう部分を若い世代に聴いてほしいし、同世代は懐かしんでもらえれば。わりと抵抗なく手に持って帰ってもらえるんじゃないかなって。あと、例えば、高校生の頃にclassの歌をリアルタイムで聴いていたっていう人も、もう一度聴き直してみたら、新しい発見があるかもしれない。一生懸命作っていたから」
津久井 「classの曲って丁寧に作っているので。良い仕事してたね。」
日浦 「精神的にも戦って作っていたから」
津久井 「その時の気持ちは今の自分の活動でも変わらない。当時のスタッフも丁寧に作ろうと一生懸命だった、それが出来た時代だったのでとても良い経験できてよかった」
――そしてベストアルバムがリリースされるからには、ライブをやろうと考えていますか?
日浦 「僕なんかはclassって懐かしいっていう部分がすでにあって。今、俺が歌えることって何かなって思うと、やっぱりリアルタイムに音楽家として何が歌えるかというところで歌っていると思うんですよね。今は個々にライブをやっているけど、それを一生懸命やることがとりあえず一番いいことだと思う。だから何かのイベントとか、何かの縁があってclassとしてライブをやる分には問題なくできると思うので、機会があればぜひやりたいですね」
![]() |